カープ→巨人木村拓也、2009年オフにコーチとして戻る計画があった

かーぷぶーん
カープ時代の木村拓哉
「あの年のカープ木村拓也は“リストラ部屋”を志願する気持ちだった?」広島→巨人トレードのウラ側

彼が所属する広島カープは前年の最下位に懲りて、新監督のマーティ・ブラウンに再建を託していた。1975年に指揮を執ったジョー・ルーツ以来の外国人監督である。

ブラウンは3年計画を掲げ、地元出身のルーキー・梵英心や東出輝裕ら若手を起用し始めていた。そのために一軍から外された1人が木村だった。34歳になっていた。

木村は173センチと小兵だが、ドラフト外で入団した日本ハムから移籍し、11年の間、ユーティリティープレーヤーとして活躍している。

オールスター戦やアテネ五輪にも出場したものの、この年は開幕から二軍である。スポーツ紙は「監督の構想から外れた」と常套句を使った。

~中略~

だいぶ経ってから、2009年オフに木村をカープのコーチにして戻す計画のあったことを私は知った。

巨人のコーチに先に決まったので、鈴木はしばらく見守ることにしていたのだという。

そんなリストラの結末もあるのか、と私は思った。

https://number.bunshun.jp/articles/-/845833

※あとでコメントを追加します


・カープに居たころは、泥臭いプレイをするし、敵ながら嫌な選手だった。
ジャイアンツに来てからは、頼りになる素晴らしい選手だった。

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