斎藤佑樹のフォームは「高校時代が一番良かった」は本当なのか?

ファイターズ王国@日ハムまとめブログ
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1: 名無しさん 2020/11/16(月) 16:07:30.74 ID:CAP_USER9
11月14日、楽天は2017年のドラフト1位で入団した近藤弘樹と来季の選手契約を結ばないことを発表した。統一ドラフトとなった2008年以降の1位指名選手で、3年で戦力外となったのは北方悠誠(唐津商→2011年横浜1位)、野村亮介(三菱日立パワーシステムズ横浜→2014年中日1位)、竹下真吾(ヤマハ→2014年ヤクルト1位)に次いで4人目であり、非常に珍しいことと言えるだろう。

 その一方で来季もチーム残留が濃厚ながら岐路に立たされているかつてのドラフト1位選手も存在している。その代表格が斎藤佑樹(日本ハム)と言えるだろう。プロ入り10年目の今シーズンは開幕当初から調子が上がらず、プロ入り後初となる一軍登板ゼロに終わった。二軍での成績も19試合に登板して1勝3敗、防御率9.31という散々たるものであり、オフには右肘の「PRP(自己多血小板血しょう注入)療法」を受ける予定と言われている。32歳という年齢を考えると、来シーズンがラストチャンスになる可能性は極めて高いだろう。

 斎藤の低迷を考えた時に、必ず話題になるのが故障とフォームについてだ。特によく聞かれるのが高校時代のフォームとボールが最も良かったのでは?というものである。筆者も斎藤のピッチングは高校2年春から見続けているが、この意見には概ね同意である。しかしより正確に言うのであれば、ストレートについては高校3年夏の甲子園が最も良かったというべきだろう。

 正直夏の甲子園が始まるまでは高校生レベルの好投手という印象で、ドラフト候補という目では見ていなかった。ところが2回戦で大阪桐蔭を力でねじ伏せたあたりから試合を重ねるごとにフォームの躍動感とボールの勢いが増していき、決勝戦では147キロもマークしている。後に高校、大学のチームメイトからも、当時のストレートが一番速かったと指摘され、苦笑いをしている斎藤の映像もテレビでは放映されている。スピードガンの数字だけであれば、大学4年秋にマークした150キロが最速だが、高校3年夏の甲子園で投げていたボールと比べると明らかに勢いが感じられなかった。

そしてフォームで大きく変わったのが下半身の使い方だ。左足を上げた時に右膝が折れているのは今も昔も変わらないが、ステップした左足の踏み込みは高校3年から大学1年くらいまでが一番強く、安定していたように見える。これは大学2年の時に左股関節を故障したことが原因と言われている。そしてこの下半身の動きを上半身でカバーして投げ続けたことが右肩、右肘の故障に繋がったという見方もできそうだ。一昨年のオフには大学1年の頃のフォームを参考にして自主トレを行っている姿も報道されているが、結局は改善されないまま2年間が過ぎている。

 ピッチャーが故障などをきっかけにフォームを崩してしまうことは珍しいことではない。藤浪晋太郎(阪神)もフォームを崩し、かつての状態には戻っていない。そんな時には良かった頃のフォームに戻せば良いのではないかという声も聞かれるが、そう簡単に戻せないのがピッチングフォームなのである。例えば斎藤も藤浪も高校3年時と現在では筋肉量も柔軟性も大きく異なっている。つまり体の状態が当時とは違うのだ。それで同じような動きをしようとしても、当然同じようには投げられないのだ。その時の体に合った最適なフォームを作り続けていく作業が必要なのである。

11/16(月) 16:00
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20201115-00000011-sasahi-base

2: 名無しさん 2020/11/16(月) 16:07:38.71 ID:yabIUZI10
そうなると斎藤が目指すべき方向性も見えてくるのではないだろうか。良かった頃のフォーム、良かった頃の自分に戻すのではなく、今の状態でどう勝負していくかを考えていくべきだろう。斎藤の現在のストレートは140キロ台前半であり、プロではごくごく平凡なレベルにある。この状態で勝負するのであればフォームや変化球を変えていく以外に方法はないはずだ。

 現在中継ぎで存在感を見せている高梨雄平(巨人)は大学の後輩にあたるが、社会人でサイドスローに転向して現在のような変則フォームにしていなければプロ入りすることもなかっただろう。サイドスローは一つの例としても、それくらいの大胆なモデルチェンジを迫られていることは間違いない。

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